障害者手帳には、身体障害者手帳と療育手帳と精神保健福祉手帳があります。身体、知的障害の方は、それぞれ手帳名をはっきり言います。しかし精神障害は偏見があるので、「障害者手帳」と言います。

 

障害と障がいの表記にも敏感なのは、精神障害の人に多いと思います。障害は障碍と書いていたそうです。が、ほとんどの人がその字を読めない、書けないので、害を当てている。害には害虫とか、被害という悪い意味があるので、嫌だという意見があります。

 

最近の精神障害には、大人の発達障害というキーワードが目立ってきています。発達障害とは子供の障害、自閉症として知られていました。今では発達障害って言葉は、ちょっと変わった子だね、という言う子どもすべてを発達障害っていう判定をされているようです。特性を早めに親や先生、支援者が知ることで、学業のプランニングや人生設計が立てやすくなって、親も昔ほど発達障害という言葉にネガティブなイメージだけをもたないのも一因でしょう。

障害ってついていると、出来ない事に焦点を当てがちです。

ここで考えて欲しいのは、障害とはなんだということです。身体障害の一つである聴覚障害も「周りが伝えようと努力すれば伝わる」という状態です。つまり耳という一部の機能が弱いということだけが障害の本質ではなく、周りが耳で聴かないと分からないコミュニケーシンしかしないという社会の側の障害だという考え方があるのです。

 

皆さんが働く職場にコミュニケーションや感情などの障害がある人が一緒に働くという状況は、すでにあります。てんかんも精神障害の一種ですが偏見があるため、隠して働いている人が多いです。近年の職場ですでに一緒に働いている障害者と、これから働き始める障害者がますます増える状況にあります。

 

過去を見ると、障害者は障害者だけで集められて、山奥の施設に収容されていたという歴史があり、現在も一部は続いています。精神科病院は、都会のど真ん中にもあるが、田舎にも多いです。

 

ノルウェイの森という小説の舞台もそんな障害者施設を思わせる山奥でしたよね。

 

そんな障害者が、社会に普通に一員として、尊厳を持って働き、暮らしていきたい。優生保護という名のもとで避妊手術が障害者につい最近まで行われていたのは新聞等の報道の通りで、今までは知っていても声を上げられずにいただけです。他にも障害者のグループホームができると近所で反対運動が起こるという事例もよくあります。

障害者でも恋愛もしたいし、仕事もしたい、子供を産みたい人もいる、そんな当たり前を口にするのが、難しいのが今の世の中です。

 

それは、仕事も社会も、健常者という人を基準に作られている。学校でも普通のちょうどいい成績を普通に取れて、民間企業や公務員でも、普通に入って普通に仕事している人を基準に作られているのが原因の一つだと思います。そうした中で過労死という社会問題も起きています。メンタルを病むと、死に至たり、仕事に就けずに生活保護に至る人もいる深刻な病です。だが、癌や脳卒中と違って精神の病気だけで死ぬことは、ありません。環境を整えれば生活できるのが、精神障害・発達障害を取り巻く問題の特徴であり、身体、知的障害や難病を抱えて働けない人にも共通の課題です。